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神戸新聞 平成27年 10月22日 新酒 仕込みの季節 到来

 加古川市唯一の酒造会社「岡田本家」で、今季の新種の仕込みが始まった。酒蔵では杜氏と蔵人が、蒸したての酒米を冷まして麹をもみこむなど、本仕込み前に酵母を増やす「酒母(しゅぼ)」づくりを進めている。冷え込みが激しくなる2月ごろにかけて醸造が本格化し、3月末まで続く。

1874(明治7)年創業の老舗。現在は親子2代と2人の蔵人で、県産米と加古川の伏流水を使った清酒「盛典」を手掛ける。

酒母づくりは、自家栽培した「五百万石」を使って今月中旬から開始。21日には約60キロをこしきで蒸し上げ、温度や湿度が一定に保たれる室(むろ)に移した。数日寝かして麹菌を増殖させた後、水や酵母と混ぜて約10日後、本仕込みに入る。

今季は約2万リットルを醸造し、火入れをしない生酒の製造量を増やすという。出荷は11月下旬ごろからの予定で、杜氏の岡田洋一さん(36)は口当たり良くすっきりした風味に仕上げたい」と話していた。

平成26年 神戸新聞9月17日

神戸新聞 平成27年 10月17日 米蔵再利用 銘酒を提供

 加古川市唯一の酒蔵「岡田本家」は明治初期創業の老舗。日本酒のシェア縮小に伴い、大手への納入が2010年に途絶え、翌年から父子2人だけでの手作りで再出発した。「なるべく金をかけへんように」。自慢の「盛典」銘柄を試飲できる直売所は、大正初期から建つ米蔵を再利用し、もろみを搾る長方形の「酒槽(さかぶね)」をカウンターに据えた。

加古川の伏流水と地元産米を使った純米酒、吟醸酒が並ぶ。息子の岡田洋一さん(36)は「『神戸で(盛典を)飲んだ』と地元の人が寄ってくれた。ここでする酒の話もまた楽しい」。

平成26年 神戸新聞9月17日

まるはりエクスプレス 平成26年 10月号 加古川唯一の酒蔵すっきり、綺麗な酒「盛典」

創業140年を迎える「岡田本家」。現在は、親子2代で「盛典」を手造りしている。酒米は兵庫県産、自社で「五百万石」も栽培、水は加古川の伏流水で仕込む。地酒と言えば個性的なものが多い中、クセがなく、すっきりとキレがあり、幅広い人々に好まれる酒造りを目指している。「日本酒が苦手な人のイメージを変えたい。燗や冷やだけでなく、ロックやカクテルの飲み方も提供しています。」と6代目杜氏の岡田洋一さん。地域の人々との交流も盛んに行い、県立農業高校の生徒とのコラボで純米酒を作ったり、山田錦の栽培に取り組んでいる。

平成26年 まるはり10月号

神戸新聞 平成26年 9月17日 酒米の収穫を体験

 加古川市で唯一の酒造会社「岡田本家」所有の水田で、酒米「五百万石」の収穫体験がこのほどあった。

 東播磨の若手農家でつくる「加古川農業青年クラブ」の主催。東播地域などの家族連れら約20人が参加した。

 一行はJR加古川駅からバスで水田(八幡町)に移動。青空の下、鎌を握り、刈り取り作業に汗を流した。同社の酒蔵(野口町)では、仕込みタンクを見学しながら醸造工程を教わった。同クラブメンバーが栽培した新鮮な野菜を持ち帰り、実りの秋の到来を実感していた。

平成26年 神戸新聞9月17日

産経新聞 平成26年 7月29日 心待ちにする仕込みの季節

 明治7年に創業した加古川市唯一の酒蔵「岡田本家」で、女性の蔵人として働き始めて2年が過ぎた。岡田本家が製造・販売する清酒「盛典(せいてん)」を地元で愛される地酒に育てたいと日々、心を砕く。

 地酒造りで大切にしているのは「地産地消」。夏真っ盛りの今は、醸造に使う酒米を近くの水田で育てながら、10月から始まる今年3回目の仕込みに備えている。

 母校の県立農業高校(加古川市平岡町)には、母親の勧めに加え、「制服が可愛い」という理由で進学した。醸造や発行に特段の興味があったわけではないが、生物工学科に在籍し、中国や沖縄などで発酵食品に使われるベニコウジカビをテーマに実験や研究に取り組んだ。

 現在、同校の後輩たちがサルビアの花から精製した酵母を使った日本酒を開発し、岡田本家の協力で醸造を行っている。先輩として酵母を使うタイミングなどを助言している。

 卒業後進んだ東京農業大学短期大学では、蜂蜜酒の研究に明け暮れた。当時はまだ、世間からあまり注目されていなかったことが研究テーマとして選んだ理由だった。卒業後も研究生として2年間、研究室に残り開発に取り組んだが、「実験結果が満足いくほどにはならず商品化には至らなかった」。

 在学中に茨城県内の酒造会社から就職の内定をもらっていたが、研究生を終える直前に起きた東日本大震災で採用が取り消しとなってしまった。失意のうちに平成23年3月末に加古川に戻り、アルバイトをしながら県内の蔵元を中心に就職活動をしていた。

 24年2月、アルバイト先の飲食店で偶然目にした加古川商工会議所の会報誌の表紙に、岡田本家の酒蔵の写真などが載っていた。「加古川にも蔵元があったんだ」との驚きと共に早速、同社を訪れ、採用してくれるように頼んだ。岡田本家も蔵人を探していたこともあり、即決で採用。「本当にいいタイミングでラッキーでした」と振り返る。

 昨シーズンから酒母(しゅぼ)を造る「もと屋」と呼ばれる仕事を担当している。

 仕込みの最初の段階で、米や麹、水、乳酸を混ぜ醸造するが、酵母が繁殖しすぎないよう温度管理をしながら発酵の程度を調整していく。原料を手で触りながら発酵の度合いを確かめるため、経験がものをいう仕事だ。今年もアドバイスを受けながら試行錯誤を繰り返すことになりそうだが、「『習うより慣れろ』という気持ちで取り組みます」と前向きに構える。

 杜氏(とうじ)の岡田洋一さん(34)は「責任感を持ってもらうためにもと屋を任せた。自分の頭で考えながら酒造りにあたってほしい」とエールを送る。

 「生き物」の酒を作るのは繊細な作業の連続。「今は手順を覚えるのに精いっぱいですが、おおざっぱな性格なので、丁寧さを忘れないようにしたい」と謙遜するが、日本酒をこよなく愛する女性蔵人は、仕込みの季節を心待ちにしている。

平成25年 6月10日 県農高生「山田錦」初の田植え

神戸新聞 平成26年 4月27日 サルビアの新酒製品化

加古川市の県立農業高校の生徒と清酒メーカー「岡田本家」(同市野口町良野)がと組んできたサルビアの花から採取した酵母を使った新酒が26日、完成した。昨夏から試験醸造などに携わってきた同高の生徒がこの日、同社でラベルを貼り付け、製品化した。

 県農の生物工学科「花酵母研究会」のメンバーが酵母を採取。週末を中心に約100日、同社に通って酒造りに関わった。

 「県農 花てがみ」との銘柄も研究会メンバーが考案した。ラベルの文字と花の絵は同研究会長の山本英里子さん(16)が筆を執り、丸山印刷(高砂市)がデザインを助言。1本720ミリリットル入りで、900本が出来上がった。

 山本さんは櫂でかき混ぜる作業が印象に残ったようで「完成に近付くにつれ、櫂が軽くなった。私たちの酵母ががんばっていると感じられた」と話す。同社での生徒の指導に当たった谷原葵さん(25)は県農の卒業生。「とても甘いのに、のどに残らない飲みやすいお酒になった。生徒は意欲的で力仕事もやってくれた」とたたえた。

 27日から同社の直売所などで販売する。1本1500円(税込み)。同社☎079・426・7288

平成26年 まるはり10月号

神戸新聞 平成26年 2月9日 花から採取の天然酵母 サルビアの新酒仕込み

清酒メーカー「岡田本家」(加古川市)は8日、サルビアの花から採取した天然酵母を使って新酒の仕込みを始めた。酵母と米は、いずれも県立農業高校(同)の生徒が手掛けたもので、3月末に新酒を搾り、4月に発売するという。

 県農の生物工学科の生徒は2008年から、自然界に存在する酵母を採取し始めた。蜜に集まる特性があることから、校内で栽培した花のめしべなどを数日間培地に置き、発生した微生物の中から酵母を取りだした。

 これまでに採取した酵母は67種類。糖液で発酵実験を繰り返した結果、シソ科のサルビアから取った酵母が、アルコール度数10%前後の安定的な発行能力を示したという。

 生徒は、市内唯一の蔵元である同社に試験醸造を依頼。昨年9,10月に2回醸造したが、いずれも独特の甘い風味を引き出すことができたため、商業生産が実現した。

 この日の作業には、研究に当たった「花酵母研究会」のメンバー7人が参加した。麹米6キロと水20リットルをタンクに入れた後、サルビア酵母590ミリリットルを投入しかきまぜた。

 9日に蒸米を加えて酒母を作った後、140リットルタンクに移し、水、蒸米をさらに追加して発行させる。3月末に搾りだして瓶詰めし、4月に同社直売所や同市内の酒販店などで売り出す。

 今回は1升(1.8リットル)瓶換算で300本の醸造を見込む。未成年の生徒たちは新酒を凍結保存しておき、成人式の後に同窓会を開いて乾杯するという。

 同研究会会長の山本英里子さん(16)は「毎日、早朝に投稿し、顕微鏡で酵母を観察してきた。多くの人に喜んでもらえる清酒に仕上がってほしい。」同社の杜氏、岡田洋一さん(34)は「花酵母は今までに使ったことがなく、当社にとっても新しい挑戦。酒造りの貴重な経験となる」と話している。

平成26年 まるはり10月号

神戸新聞 平成25年 6月10日 県農高生「山田錦」初の田植え

 県立農業高校(加古川市)の農業科3年生14人が9日、隣接する実習用の水田で酒造好適米「山田錦」の田植えに取り組んだ。10月上旬ごろに収穫する予定で、酒造会社「岡田本家」(同市)が引き取る。県農生が手掛けた山田錦とサルビアの花から採取した酵母を使い、同社が新酒を仕込む。

 県農が実習で酒米を栽培するのは初めて。同社の杜氏で同校OBでもある岡田洋一さん(34)の呼びかけに応じた。

 この日、生徒らは作業着姿で水を張った田んぼに入り、苗をつまんで笛の合図とともに20センチ間隔で一斉に植えた。今後、生育上で適正な肥料の量を突き止めたり、株別れの状況を調べたりする。作付面積は25アールで、1トンの収穫を見込んでいる。

 岡田さんは「兵庫県産の山田錦は不足気味。今回の取組みで若い生産者が増えるきっかけになれば」と期待している。

平成25年 6月10日 県農高生「山田錦」初の田植え

広報かこがわ 平成24年 12月号 「加古川市唯一の酒蔵の女性蔵人」

「加古川といえばこれだと言ってもらえるようなおいしい日本酒を作っていきたいです」と話すのは谷原葵さん。加古川市唯一のの老舗酒蔵「岡田本家」で今年2月から酒造りに携わっている蔵人だ。加古川の伏流水を使って全て手作業で作られる純米酒の仕込みのほか、直売所の運営や酒米作り、会社のブログの管理などもしている。
 県立農業高校に在学中、顕微鏡で紅麹を見たのがきっかけで微生物や菌に強い関心を持つようになったという谷原さん。紅麹とはみそやしょうゆなどに利用される麹菌の一種で、天然色素として利用されるほか、健康食品としても注目されている。「紅麹の赤い色に、なんてきれいなんだろうと感動したんです。それで紅麹について詳しく調べていくうちにどんどん興味が湧いていきました」と振り返る。卒業後は、東京農業大学短期大学部醸造学科に進学。そこで清酒の醸造を学び、酒造りに心を惹かれ、紅麹とはちみつを使った健康酒の開発を始めたそうだ。  卒業後も研究生として開発を続けていたところ、茨城県の酒造会社が研究内容に興味を持ち、就職が内定。昨年春に入社予定だったが、東日本大震災で酒蔵が被害を受けたため採用が取り消しになった。加古川に戻り、酒蔵での仕事を探していた谷原さん。「偶然、商工会議所の会報の表紙で岡田本家が紹介されているのを見つけて、地元加古川に酒蔵があることを初めて知ったんです。すぐに訪ねて酒造りを手伝わせてほしいと社長に話しました」。そんな谷原さんの熱意が伝わり、即採用となった。
 待ち遠しくて仕方なかったという今年の新酒の仕込み作業では、上司の温かく丁寧な指導のもと日々懸命に取り組んでいる。日本酒は米、米麹、水を発酵させて造られ、米のでんぷんを酵母がアルコールに変えて出来上がる。「大きなタンクの中で酵母の働きによってお酒の表面がこぽこぽと泡立っているのを見ると、お酒は生きているんだなと実感します。刻一刻と変化していく様子を見ていると楽しくて仕方ないんです」と話す。
 一人前の蔵人になるには10年かかるといわれているほど、厳しい世界。「谷原さんは酒造りへの暑い思いを持って仕事に励んでいます。蔵人にはそんな思いが大切だと思います」と上司が話す。「今年の仕込み、来年の仕込みと知識や経験を積んでいき、早く一人前になれるよう精一杯頑張っていきます。そして、いつかは紅麹を使った日本酒作りにも挑戦したいですね」と明るい笑顔で話してくれた。

「加古川市唯一の酒蔵の女性蔵人」

神戸新聞 平成24年 11月6日 「秋深まり新酒初搾り」

当番地域に4社ある蔵元のトップを切って、加古川市野口町良野の「岡田本家」が5日、清酒「盛典」の新酒の初搾りをした。作業が始まると、新酒の季節の到来を告げる芳醇な香りが酒蔵に漂った。
 同社は1874(明治7)年創業。1960年代から半世紀にわたって大手メーカーの受託生産を手掛けたが、2010年から代表社員の岡田正敏さん(71)と長男洋一さん(33)で醸造。今シーズンは地元出身の蔵人谷原葵さん(24)が新戦力として加わり、10月に仕込みを始めた。
 この日は、今季初めて自家栽培した酒米「五百万石」を使った特別純米酒を搾った。タンクに入ったもろみが圧搾機に送られ、透き通った新酒が搾りだされると、フルーティな香りが立ち上がった。そこに蛇の目模様がある猪口を使って風味を点検。正敏さんは「自家栽培した酒米で初醸造したが、良好に仕上がっている」と話した。  岡田本家は加古川市唯一の酒蔵で、今季は1万5千Lを醸造する計画。全体の醸造量は昨季比10%増だが、吟醸酒を2倍、純米酒を2.5倍に増やす。正敏さんは「高付加価値品にシフトして、加古川の地酒をPRしたい」としている。

平成24年 11月6日 「秋深まり新酒初搾り」

神戸新聞 平成24年 9月28日 「初の女性蔵人誕生」

加古川市唯一の酒蔵、岡田本家に今秋、明治の創業以来初めて女性の蔵人が誕生する。地元出身の谷原葵さん(24)=同市加古川町寺家町。杜氏は茨城県の酒造会社で働く予定だったが、東日本大震災の影響で内定が取り消され、帰郷した。「加古川で酒造りに携われるとは」と、10月からの仕込み作業を心待ちにする。
 今年2月に採用され、7月に開設した直売所の準備や運営、会社のブログの管理、酒米作りをしてきた。酒造りの季節を迎え、10月から蔵人として仕込みに従事する。
 谷原さんは県立農業高校を経て東京農業大学短期大学部に進み、醸造学科で清酒造りの実習を重ねた。卒業後も研究生としてはちみつが原料の健康酒の開発をしていた。
 2009年秋、酒類の商談会でアルバイトをした際、茨城県の酒造会社社長が谷原さんの研究内容を知り、興味を示した。それをきっかけに就職が内定。杜氏は健康酒の開発途中だったため、11年春入社が決まった。しかし、その直前に起きた東日本大震災で酒蔵が半壊。採用が取り消しになった。谷原さんは昨年3月末、加古川の実家に戻った。
 その後、洋食店でアルバイトをしていたが、今年1月、店内にあった加古川商工会議所の会報誌に目が留まった。表紙に岡田本家の板塀の酒蔵やタンク内のもろみを混ぜる写真が載っており「加古川に蔵元があることを初めて知った」。代表社員の岡田正敏さん(71)に「酒造りを手伝わせてほしい」と直談判。その場で採用が決まった。
 清酒「盛典」の蔵元である同社は、3年前まで大手メーカーの受託生産を手掛け、12人の杜氏、蔵人を擁したが、女性の蔵人は1874(明治7)年の創業以来初めて。岡田さんは「人当たりがよく、何事にも積極的」と谷原さんを評し、即戦力として期待する。
 谷原さんは「多くの人に飲んでもらえる製品を仕込みたい」と、日本酒の再興に携わることを夢見ている。

平成24年 9月28日 「初の女性蔵人誕生」

神戸新聞 平成24年 6月28日 「加古川市内唯一の蔵元岡田本家」

加古川市内で唯一の蔵元「岡田本家」が7月2日、同市野口町良野の工場内に直売所を開設する。明治後期に建てられた酒米の倉庫を再利用し、清酒「盛典」の試飲スペースを設けるとともに、仕込みに使った古い道具も展示。左党がゆったりと過ごせる空間を演出している。
 直売所がある元倉庫は木造平屋45平方メートルで、白と黒を基調にした外観が特徴。醸造がひと段落した今年3月に準備を始め、床を張り替えた以外は手を加えずに往時の趣を残した。
 大吟醸酒、純米吟醸酒、特別純米酒、上撰の4種類の盛典を、一升瓶や720ml瓶などで用意。酒粕も扱う。
 試飲スペースは、もろみを搾る際に酒袋を入れる木製の容器「酒槽(さかぶね)」をカウンターにしている。また、もろみを酒袋に移すための木桶「狐」や、酒米を図る一斗ますなど、酒造りに使った古道具を調度品として並べた。酒販店に掲げられていたという盛典の古い木製看板もある。
 同社は1874(明治7)年創業。1960年代から約半世紀にわたって大手酒造会社の受託生産を手掛けたが、2010年に代表社員の岡田正敏さん(71)と、長男洋一さん(32)の2人だけの酒造りを始めた。
 工場の敷地内にある自宅で直販していたが、本格的な直売所を設けて販売を強化することにした。洋一さんは「地酒ファンが集う憩いの場にしたい」と話している。

平成24年 6月28日 「加古川市内唯一の蔵元岡田本家」

平成24年 1月1日 「商工かこがわ」

平成24年 1月1日 「商工かこがわ」

神戸新聞 平成23年 1月7日 「加古川にいい酒があると言われたい」

岡田本家は1874年(明治7年)の創業。明治天皇即位の礼の「御大典」に由来する「盛典」銘柄で日本酒を製造している。一方で1965(昭和40)年ごろから白鶴の下請けを担い、生産量の多くを占めた。折しも高度経済成長期。テレビで宣伝される商品が人気を集め、大手の酒造会社だけでは生産が追いつかない時代だった。
 しかし、ビールやワインなどに押され、日本酒のシェアは次第に縮小する。加古川酒造組合によると。東播地域の酒蔵は25(大正14)年に38軒あったが、50年後には15軒、今は4軒になった。加古川では岡田本家が唯一だ。
 そして、白鶴から契約解消の打診が2007年ごろあった。昨年3月にできた酒が、最後の納入品となった。正敏も洋一も白鶴での勤務経験があり「廃業するなら戻ってこないか」と誘われた。しかし、酒造りを続ける道を選んだ。
 それがターニングポイントだった。今は手探りで、加古川ならではの酒を造ろうと励む。
 機械は、少量生産用に買い替えた。生産規模が変われば、米の発行具合も異なる。洋一は覚悟を決める。「今までのデータが通用しない。基本に忠実に造るしかない」
 洋一にとって子供のころの思い出は、酒蔵と共にある。冬になると、蔵人がやって来る。蒸し具合の確認のために米をもんで餅状にした「ひねりもち」や米麹が好きで、よく蔵人に分けてもらった。「その光景が、自分がせえへんから、なくなるのは嫌だなと思って。わが子にも、将来の選択肢の一つとして酒屋を残しておきたかった」  正敏は「やめるか続けるか、どちらがいいのかは、今はまだ分からない」と胸の内をあかす。だが、「ゼロからの出発」に気持は高ぶる。「地域の人から『続けて』という声もあった。息子も『よし、やろう』と決断してくれた」頼もしそうに息子を見る。
 今季から普通酒ではなく、地元産の米ヒノヒカリの純米酒と、山田錦の吟醸酒も造り始めた。親子は口を揃える。「加古川にもいい酒があると言われたい。土産に持っていける酒にしたい」
 できたばかりの新酒に心意気が香る。加古川最後の酒蔵が、新たなスタートを切った。

平成23年 1月7日 「加古川にいい酒があると言われたい」

盛典

「盛典」が出来るまで。

純米酒盛典がメディアで紹介

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